2014/4/17 花澤香菜 LIVE 2014 "25" at 愛知県芸術劇場大ホール

 花澤香菜のアルバム『25』の発売に伴うレコ発ツアー名古屋公演。前作『Clarie』の際は東京・大阪のみだったライブも今回は愛知・埼玉も加わり4会場となりました。
 今回のライブツアーはアルバムと同じく『25』と銘打たれていることもあり、『25』からの曲でほぼ構成。前回のツアーと同じく、ツインギター・ベース・ドラム・キーボードの5人編成で、メンバーもほぼそのままでしたが、前回参加していたドラマー宮田繁男(ex.ORIGINAL LOVE)が急逝したため、ドラムのみFuzzy ControlのSATOKOにチェンジ。そのためかロック的な縦ノリ感の強いハードなサウンドになっていました。また、打ち込み曲ではバックトラックを流しながら、上から演奏を被せるというスタイルをとっていました。
 やはり印象的だったのは「Brand New Days」や「Make a Difference」などの、音源では打ち込み中心だった曲のバンド演奏になったことによる変化。生ドラムとツインギター編成を活かした力強いロックサウンドで、グルーブ感よりも叩きつけるようなビート感が強く打ち出されていました。北川勝利がアレンジした華やかなアルバム曲もロック色の強いサウンドへと変化していて、特に本編途中の衣装替えも兼ねたメンバー紹介コーナーで演奏したヘヴィなサイケロックインストが、このバンドの基本的なスタイルを象徴しているように感じました。会場の音響もハイ上がりの環境で、低音よりも高音が強調されていて、縦ノリ感をさらに強く感じました。
 ライブで2時間通して聴いていると、どうしても考えてしまうのは花澤香菜の歌声の不思議な感触について。最高音付近は不安定になる場面もありましたが、やはり彼女の声の特徴はウィスパーボイス。特に高域からやや下がった中高音周辺を発声するときに、甘い響きの基音と息漏れの倍音が交差していって、儚く頼りない幼い印象を残します。ライブ中はクラッシュシンバルなどに被って声が埋もれる場面もあって、逆にそのせいか彼女の声も楽器的に響いてきました。絶妙なバランスの上に成り立つ彼女の声を聴きながら、そのアンニュイで繊細な響きは唯一無二だなと再認識しました。

花澤香菜『25』 ~80's NEW WAVEの亡霊~

25(通常盤)

25(通常盤)

 

  1stアルバムである前作『clarie』をround tableの北川勝利がサウンドプロデュースを務めて注目された花澤香菜。引き続き北川勝利の総合プロデュースによる2ndは、彼女の年齢にちなんだ25曲2枚組の大ボリュームのアルバムです。前作から1年を経ずにリリースされた今作は、基本的には前作の延長線上にあり、彼女の声が持つ清純性を全面に打ち出す作風も引き続いています。

 25曲100分という量もあるのですが、似た方向性の曲が繰り返し登場して、どうも長く感じて聴いていてダレてきます。彼女の声の魅力を引き出すという方針はどの曲も統一されているのですが、「花澤香菜の持つ少女性・天真爛漫・儚さを60'sポップス~ロックなどのポスト渋谷系的解釈によって表現する」という方向からスポットライトを当てた楽曲が多いため、通して聴くと単調に感じます

 新しい挑戦や目新しさを評価するかは人によるでしょうが、今作は前作に比べて進化した点、変化した点が見えにくく、むしろ前作の方がエレクトロニカファンクな#2"Just The Way You Are"や、アンビエントポストロックな#12"眠るサカナ"など、花澤香菜だからこそできた楽曲が目立っていました。今作はアルバム全体が冗長でインパクトの薄さも否めず、アルバム全体の完成度よりも声の魅力が伝わる楽曲を詰め込むことを優先したように感じますし、彼女の声に魅力を感じているファン以外への訴求力は低い作品になっていると思います。

 アルバムの中には引用元が露骨に分かる曲もあり、またその引用先も公言されていたりします。Disc1-#3"Brand New Days"はScritti Polliti、Disc1-#5"マラソン"はThe Smith、Disc2-#3"パパ、アイ・ラブ・ユー!!"はAztec Cameraなど。目立つのは80年代ニューウェーブのテイストで、花澤香菜のアルバムである側面と同時に、作編曲家の80年代趣味が顕になっているアルバムです。北川勝利や他の主な作曲家陣の世代にとってアイドルソングといえば80年代MTVなどに代表されるようなニューウェービーなサウンドであるということなのかもしれません(そして華やかなストリングス)Vaporwave以降、tofubeatsなど現代の若い世代のトラックメーカーたちによって80'sニューウェーブのシンセ感覚も再評価されており、期せずしてこのアルバムは一周回ってそんな流れとも一部シンクロしたものを感じました。

 もちろん個々の楽曲ごとでは、彼女のキュートな歌声と高品質の楽曲を堪能することができて、1-#3、1-#6"YESTERDAY BOYFRIEND"、1-#8"Make a Difference"、2-#4"Eeny, meeny, miny, moe"、2-#8"真夜中の秘密会議"が個人的に気に入りました。特にミトによる#8は、いかにもな80's的オケヒとヴォイスサンプリングをこれでもかと使っていて、思わず笑ってしまうと同時に懐かしい気分になりました。

ゼロ年代の音響系ジャズドラマーたち / 『Jazz The New Chapter』によせて

 

Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平 (シンコー・ミュージックMOOK)

Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平 (シンコー・ミュージックMOOK)

 

 ジャズ評論家・柳樂光隆さんの編集による『Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』を読んで、ある二人のドラマーのことを思い出しました。

 そもそもこの本は、Robert Glasperを中心に置いて現代のジャズを捉え直そうという狙いのもとに編集されているのですが、その際に彼のバンドRobert Glasper Experimentのドラマーを務めるChris Daveの特異な才能が重要なポイントとして注目されています。Chris Daveのブライトな音色とキレのあるジャストなグルーヴのドラミングなくして、Robert Glasper Experimentのサウンドは成立しないと私も思いますし、異論を挟む人は少ないと思います。彼のドラミングそのものが、現代ジャズからの生演奏ヒップホップへのアンサーとして重要な鍵となっているのです。

 

 そこで私が思い出したのは、音響派・ポストロック・エレクトロニカゼロ年代に大きなムーブメントとなった際に、非ジャズサイドから音響派的感性によってジャズを解釈し直そうとしたバンドのドラマー2人でした。

 Radian、Trapist、Autistic Daughtersなどで活動するオーストリア・ウィーンのドラマー、Martin Brandlmayr(マーティン・ブランドルマイヤー)と、Trioskで活動していたオーストラリア・シドニーのドラマーLaurenz pike(ローレンス・パイク)の2人です。

 

 前者のBrandlmayrは擦る、はじくといった奏法を得意としており、映像なしで音だけを聴いていると何をしているのか全く分からないどころか、本当にドラムを演奏しているのかすらはっきりと認識できないほどです。その異様な音色は音への注目・集中を否応なしに課します。自分が今聴いている音とは何なのか・どうやって奏でられている音なのかということに意識を向けざるを得ません。


 

 

 一方Laurenz Pikeは、シンバル・ハイハットを駆使した手数の多いドラミングが特徴で、高音が突き刺さるグリッチノイズにも近い独特の音色を響かせます。水しぶきのような軽やかな音色は、同時期のエレクトロニカからの影響を多分に感じさせます。その音色はダブ加工やエレクトロニクスとの相性もよく、Jan Jelinekともコラボレーションアルバムをリリースした、ジャズ/エレクトロニカを横断するようなTrioskの重要なバンドカラーとなっていて、シャワーを浴びているかのような快楽性も同時に持っています。

 

  

 この二人に共通しているのは、ドラムで何を演奏するかの前に「ドラムで何が出来るのか」「ドラムをどうやって演奏するのか」というのを重視している点です。バンドにおけるドラムの存在と自らの演奏を客観視して、音響装置としてのドラムを捉え直した時に、まず奏法・音色からアプローチするという手法を彼らは採っています。しかもそれは楽曲やバンド、ドラム演奏そのものを変質させてしまうような過激なやり方によって。

 上の動画を見てもわかりますが、シンバルをスネアの上に置いたり、スネアを2個用意したりと、二人ともセッティングの段階から独自の奇妙なアプローチを試みています。そして驚くべきほどの繊細な、また大胆な演奏によってその音色を作り上げています。

 「何を演奏するか」「メロディーはどうか」という前に、検討すべき重要なことはもっと沢山ある、というのが音響派以降の感性の思考であり、Robert Glapser ExperimentにおけるChris Dave同様、その中でドラムは最も重要な検討課題の一つであるということ、それを二人のドラムが教えてくれます。そして彼らのドラムが生み出す音色の快楽性は、ジャズが従来持ちあわせている志向である「音色への耽溺」というものを再認識させてくれます。

  因みにradianとtrapistThrill Jockeyから、Trioskleafからのリリースとなっていて、前者はポストロックなどを中心にリリースするレーベル、後者はエレクトロニカ~ポストクラシカル系のレーベルで、どちらも非ジャズレーベルです。音響派・ポストロック・エレクトロニカの遺伝子の中にはジャズからの影響が色濃く存在していることを証明しているようにも思えます。

 

Ballroom

Ballroom

 
Juxtaposition

Juxtaposition

 
ザ・ヘッドライト・セレナーデ

ザ・ヘッドライト・セレナーデ

 

坂本真綾『LIVE TOUR 2013 "Roots of SSW"』

LIVE TOUR 2013 “Roots of SSW”

LIVE TOUR 2013 “Roots of SSW”

 

  全曲作詞・作曲及びセルフプロデュースにて制作された坂本真綾のアルバム『シンガーソングライター』。そのアルバムに伴うツアーの内容が収録されたライブアルバム『LIVE TOUR 2013 "Roots of SSW"』が配信限定でリリースされました。

 ここでは以前の彼女が背負っていたシリアスなドラマ性や重厚なアーティスト性は一旦脱ぎ去られ、「アーティスト坂本真綾」像と「ひとりの女性としての坂本真綾」像が自然な形で重なり合わされています。

 最新作から採用された#5"ニコラ"、#6"Ask."では、過剰なドラマ性を抑えた穏やかなストリングスとゆっくりと立ち上がるヴォーカルが印象的で、彼女の生活の中における音楽の存在感が伝わってきます。輪郭がくっきりと浮かび上がるような地に足の着いたアレンジで、ストイックである一方で、声と楽器の響きの美しさがシンプルに伝わってきます。

 切実さを持っていた過去の楽曲たちも解釈し直され、新たな軽やかさを得ています。特に#4"私は丘の上から花瓶を投げる"や、#10"cloud 9"などは、彼女自身の声の響きの変化とともに、低音部をアタック感を弱めて歌うように変化していて、今までにない開放感とカタルシスをもたらしています。

 今回のツアーにはギターとして今堀恒雄が参加していて(約10年ぶりとのこと)、彼らしいリズムの切れ味抜群のプレイと、Unbeltipo Trioでも活動を共にするドラム佐野康夫との息のあったコンビネーションも聴くことができます。特に#14"スクラップ~別れの歌"では全編に渡って弾きまくる・叩きまくる!ここでは原曲にあった切実さは消え去り、坂本真綾のどこまでも突き抜ける力強いヴォーカルによって、全てを祝福するようなハイな幸福感がはじける空間を作り上げています。

 しかしこのライブを見た身からすると、実際にツアーで演奏されていた"everywhere"が収録されていないのは残念です。間違いなくライブでのキーになっていた曲なだけに。それを差し引いても音のみだからこそ、彼女のライブアーティストとしての成熟ぶりが伝わるアルバムでした。