声優のアルバムの名盤を考えてみる(90年代編)

 昔から音楽を聴くのが好きで、自分用のCDラジカセを買ったのをきっかけにラジオ番組も聴くようになりました。ラジオの番組から声優という存在に興味を持ち、そこから声優の音楽を聴くようになりました。

 声優音楽の俳優の音楽活動や専業ミュージシャンとは違う良さは、声の役者ということで色々な声の表現を楽しめる所が挙げられます。さらに声の大きさ・強さ、発音の明瞭さなど、発声装置としての優秀さもその一つです。演技やラジオなどを通じて人間性にも触れている場合は、その人のパーソナリティの一部として音楽を楽しめるのも良い所だと思います。(ただこれは俳優やタレントの音楽活動にも言えることだと思います)

 声優の曲はアニメタイアップが中心ですが、タイアップ主題歌やキャラクターソングが人気なタイプの他にも、声優での知名度を活かしてアニメと関係なくアーティスト活動する人、ラジオパーソナリティでの人気の延長で音楽CDを出す人など、色々な立ち位置が存在しています。

 アニメと関係のない曲をリリースする人も多いので、声優ソングとアニメソングは自分にとって別の括りで楽しんでいます。

 今まで聴いてきた声優アルバムの中で、印象に残っているアルバムって何だったかなーと思って書きました。

  00年代以降はこちらです。

 

  • 草尾毅『Credo -Believe in something-』 (1990)

クレド~ビリーヴ・イン・サムシング

クレド~ビリーヴ・イン・サムシング

 鎧伝サムライトルーパーのユニット、NG5で人気拡大していた90年に東芝EMIから発売された草尾毅の2ndアルバム。この2ndから3ヶ月先駆けて発売された、キャラソン集のようなアルバムが1stとしてリリースされていて、今作もほぼ1stアルバムのような存在の作品です。

 久石譲タケカワユキヒデ井上大輔などの作曲陣を迎え、歌謡曲として作りこまれた内容で、全体的にアーバンかつリゾート感が漂った、シティソウル歌謡曲といった雰囲気です。バラードでは大沢誉志幸楠瀬誠志郎などの同時代的なSSWたちを彷彿とさせるような叙情的な雰囲気も持っています。パワフルでエネルギッシュな声のイメージがある彼の繊細さやセクシーな面も大きくフィーチャーされています。

 リバーブの効いたスネアとヴォーカル処理がいかにも80'sポップスのサウンドですが、ゴージャスな音作りとともにハスキー・ヴォイスが気持ち良く響き、今聴くとそのアーバンな感触が新しい感覚で聴ける作品です。

 

BABYLON

BABYLON

 

  90年代通して絶大な人気を誇った佐々木望の3rdアルバム。ギターやキーボードが入りながらも、全体をプログラミングで組み立てたエレクトロファンク西脇辰弥や、この後SMAPなどのアレンジでも大きな人気を得たCHOKKAKUが参加しており、D Trainのような80'sエレクトロファンク的な、セクシーかつアーバンな魅力が詰め込まれたアルバムです。

 佐々木望は声の魅力として、不安定性を秘めた危うい少年性と透明感を持っていますが、ここでは音の隙間をゆらゆらと漂うようなストイックなヴォーカルを披露しています。都会的に洗練されたトラックとのバランスをそのヴォーカルがギリギリで繋ぎ止めていて、憂鬱で繊細なヴォーカルが、ある意味での幽玄の儚さを生み出していて、他に見ない虚無的な世界観を作り上げています。

 

DIVE

DIVE

 菅野よう子が劇伴だけでなくポップス分野でも凄い、というのを自分が分かったのが坂本真綾の1stアルバム『Grapefruit』でした。菅野よう子坂本真綾コンビの新しい作品を待ち望んでいた中で発表されたのがこの2ndアルバム『DIVE』。『Grapefruit』1曲目"Feel Myself"の、空へ突き抜けるような開放感は衝撃でしたが、アルバムトータルでの衝撃を考えるとこの2ndが印象深いです。

 内省的なシリアスさを湛えた壮大なフォーク・ロックの#1"I.D."、その直後の#2"走る"では、一転して軽やかなストリングスと多重ヴォーカル&コーラス。他にも#8"ユッカなど「クリアなサウンド」「壮大な曲展開」「音を何重にも重ねる」という菅野よう子の特徴が、アルバムを通して各所で展開されています。

 アルバム全体の繊細で内省的なムードはCarol KingやJoni Mitchelなどの70's女性SSWを連想させますし、#1"I.D."や#5"パイロット"、"#10"孤独"などは、フォーク的であってもカントリー色が薄く、Sandy DennyやSprigunsなんかのトラッド系UKフォーク・ロックにも近い印象を抱きます。

 タイアップ曲なしということもあってか、アルバム全体のバランスも良くて、前述のUKテイストのフォーク・ロック、モータウン的ソウル、ジャジーな曲が、ビターでアンニュイな雰囲気の中でまとめられています。坂本真綾の歌声も、声優的な作為と素朴さの間で揺れていて、その不安定さが内省的な作風ともマッチしているように感じます。

 ミュージシャン・坂本真綾の音楽性と方向性を示した作品で、代表作であると同時に、「声優は好きだけど、声優の音楽はダサくてショボイ」と思っていた先入観を改めさせてくれた、声優ソングの可能性を自分に教えてくれた作品でした。ミックス・マスタリングが良いのもあって、今聴いても全く古臭さを感じさせません。

 当時ミュージックマガジンの99年の日本の歌謡曲&ポップス部門で1位に選出されるという事件も起きて、マガジン読者な自分は編集長の高橋修さんが重度のアニメオタクというのは知ってましたが、坂本真綾がプッシュされていることに驚いた記憶があります。

 

 

やってみよう

やってみよう

 6thアルバム。このアルバムでは國府田マリ子をヴォーカルとしたHigh Cheezというバンド形態でのレコーディング。メンバーは、キーボード西脇辰巳、ギター西川進、ベース亀田誠治、ドラム倉内充。サウンドプロデュースは従来からの井上うにが担当。

 前作『だいすきなうた』もバラエティに富んだ充実の内容でしたが、今作は方向性を絞ったディープな内容。99年2月の椎名林檎の1st『無罪モラトリアム』と同じ週に発売されていて、参加メンバーでも井上うに・亀田誠治西川進の3人が重なっています。サウンド的にもUSオルタナ色が強いカラーが似通っていて、「裏無罪モラトリアム」とも言えるアルバムなんじゃないかなと思います。

 参加のメンツ通りの90's USロック的な音が展開されていて、Teenage Funclub的なパワーポップ曲あり、いかにもインディーロックっぽい力の抜けた曲もあり。井上うにが録音・ミックスも担当しているため、楽器の音がかなりタイトでファット。その中でも特に亀田誠治のベースの音量の大きさが目立ちます。

 マリ姉の作りこんだお姉さん声は、バンドの荒々しい生っぽい音とベストマッチとは言えないかもしれませんが、肩に力の入った気負いすぎた感じはなく、もっとロック的な方向へという志向の元でメンバーが集まった結果、自然な形で生まれたアルバムなのかもしれません。

 次作7th『そら』では大半の曲を亀田誠治がアレンジしていて、やや聴きやすさが増した一方で、より内省的にさらにオルタナ色が強くなっています。『Bends』的轟音ギター曲"Don't fake"があったり、直球weezer、Rentalsな曲"Thank you for my friend"があったりして、こちらも素晴らしいアルバムで、先程の例えから言うならマリ姉的『勝訴ストリップ』かもしれません。

 

blue

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大四喜

大四喜

 声優アーティストの渋谷系サウンドとの交流・接近が注目されていますが、声優界で渋谷系サウンドをいち早く取り入れていたのが宮村優子。1stアルバムから元ピチカート・ファイヴ高浪敬太郎をプロデューサーに迎えて、積極的な音楽活動を行なっていましたが、5thアルバム『産休~Thank You~』はその高浪敬太郎に留まらず、小西康陽サザンオールスターズ関口和之も加わったディープな音とともに、少し頼りない少女的な面がフィーチャーされた彼女のヴォーカルが楽しめます。

 この『大四喜』は主だった音楽活動の最後を飾った作品。ヤプーズ戸川純・中原信雄、ジッタリン・ジンの破矢ジンタ、元筋肉少女帯大槻ケンヂ三柴理平沢進野村義男関口和之などが参加。それまでのサポートを続けてきた高浪敬太郎は参加しておらず、今までの渋谷系路線とは違う趣きで、ナゴム的なポップでチープで80年代のサブカル感に満ちた内容になっています。彼女のユーモアセンスとナゴム的なシニカルなセンスは相性がいいというか、実はナゴムギャルか?というレベルにマッチしていて、演技以上に様々な声色で歌いまくる、宮村優子の楽しんでいる雰囲気が感じられます。

 渋谷系において花澤香菜竹達彩奈に先んじていただけでなく、80'sサブカル精神において上坂すみれにも先んじていた宮村優子のフロンティア精神が、時間が経つほど輝きを増してくるように感じられる作品です。

 

 

ニコル

ニコル

 自身のセルフプロデュースによる4thアルバム。Tipographica菊地成孔今堀恒雄新居昭乃保刈久明(+寺本りえ子)、くじらの杉林恭雄&種ともこ&EXPOの松前公高、の3チームに分かれた形で制作されています。

 菊地・今堀組は#1、#2、#4を提供していて、冒頭から2曲続けて今堀恒雄作のドラムンベースの上に、彼女の卒倒しそうなか細いヴォーカルが乗った曲が続きます。特に#2"助手席の恋人"は、4Hero的な歌ものドラムンベーストラックに対してヴォーカルが完全に浮いていて、さらに途中から菊地成孔のサックスも加わるという、かなり混沌とした曲になっています。

 新居・保刈組は、新居昭乃の路線を下敷きとした楽曲を提供していて、ドラムンベースはもちろんPortisheadなどのアブストラクト・ヒップホップなどのUKクラブ・ミュージックも意識した洗練されたトラック。保刈久明の先鋭的センスが存分に発揮されていています。

 杉林・種・松前組は、種ともこのキャッチーなメロディーとともに、やはりEXPOの松前公高シュールレアリスティックな音色選びが目立ちます。

 アルバムを通してあまり高揚感はなく、混沌とかつ淡々としたまま最後まで突っ切っています。これが彼女の事実上のラストアルバムとなっていて、最後だからこそ自分が考える理想のものをやりきったのでしょうか。新居昭乃が多忙のため、成り行きで自身がプロデューサーを務めることになったようですが、セルフプロデュースによってここまでの作品を作り上げた事実は俄には信じ難い、驚きの存在感を持つ作品です。

 

 

 2000年前後はポスト第3次声優ブームの時期で、一部の声優は除くとブームは落ち着いていましたが、CDバブルがまだ続いていたので、意欲的なアルバムが沢山制作されていたんだなー、と今になると振り返れます。00年代編へ続きます。