ゼロ年代の音響系ジャズドラマーたち / 『Jazz The New Chapter』によせて
Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平 (シンコー・ミュージックMOOK)
- 作者: 柳樂光隆
- 出版社/メーカー: シンコーミュージック
- 発売日: 2014/02/14
- メディア: ムック
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ジャズ評論家・柳樂光隆さんの編集による『Jazz The New Chapter~ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』を読んで、ある二人のドラマーのことを思い出しました。
そもそもこの本は、Robert Glasperを中心に置いて現代のジャズを捉え直そうという狙いのもとに編集されているのですが、その際に彼のバンドRobert Glasper Experimentのドラマーを務めるChris Daveの特異な才能が重要なポイントとして注目されています。Chris Daveのブライトな音色とキレのあるジャストなグルーヴのドラミングなくして、Robert Glasper Experimentのサウンドは成立しないと私も思いますし、異論を挟む人は少ないと思います。彼のドラミングそのものが、現代ジャズからの生演奏ヒップホップへのアンサーとして重要な鍵となっているのです。
そこで私が思い出したのは、音響派・ポストロック・エレクトロニカがゼロ年代に大きなムーブメントとなった際に、非ジャズサイドから音響派的感性によってジャズを解釈し直そうとしたバンドのドラマー2人でした。
Radian、Trapist、Autistic Daughtersなどで活動するオーストリア・ウィーンのドラマー、Martin Brandlmayr(マーティン・ブランドルマイヤー)と、Trioskで活動していたオーストラリア・シドニーのドラマーLaurenz pike(ローレンス・パイク)の2人です。
前者のBrandlmayrは擦る、はじくといった奏法を得意としており、映像なしで音だけを聴いていると何をしているのか全く分からないどころか、本当にドラムを演奏しているのかすらはっきりと認識できないほどです。その異様な音色は音への注目・集中を否応なしに課します。自分が今聴いている音とは何なのか・どうやって奏でられている音なのかということに意識を向けざるを得ません。
一方Laurenz Pikeは、シンバル・ハイハットを駆使した手数の多いドラミングが特徴で、高音が突き刺さるグリッチノイズにも近い独特の音色を響かせます。水しぶきのような軽やかな音色は、同時期のエレクトロニカからの影響を多分に感じさせます。その音色はダブ加工やエレクトロニクスとの相性もよく、Jan Jelinekともコラボレーションアルバムをリリースした、ジャズ/エレクトロニカを横断するようなTrioskの重要なバンドカラーとなっていて、シャワーを浴びているかのような快楽性も同時に持っています。
この二人に共通しているのは、ドラムで何を演奏するかの前に「ドラムで何が出来るのか」「ドラムをどうやって演奏するのか」というのを重視している点です。バンドにおけるドラムの存在と自らの演奏を客観視して、音響装置としてのドラムを捉え直した時に、まず奏法・音色からアプローチするという手法を彼らは採っています。しかもそれは楽曲やバンド、ドラム演奏そのものを変質させてしまうような過激なやり方によって。
上の動画を見てもわかりますが、シンバルをスネアの上に置いたり、スネアを2個用意したりと、二人ともセッティングの段階から独自の奇妙なアプローチを試みています。そして驚くべきほどの繊細な、また大胆な演奏によってその音色を作り上げています。
「何を演奏するか」「メロディーはどうか」という前に、検討すべき重要なことはもっと沢山ある、というのが音響派以降の感性の思考であり、Robert Glapser ExperimentにおけるChris Dave同様、その中でドラムは最も重要な検討課題の一つであるということ、それを二人のドラムが教えてくれます。そして彼らのドラムが生み出す音色の快楽性は、ジャズが従来持ちあわせている志向である「音色への耽溺」というものを再認識させてくれます。
因みにradianとtrapistはThrill Jockeyから、Trioskはleafからのリリースとなっていて、前者はポストロックなどを中心にリリースするレーベル、後者はエレクトロニカ~ポストクラシカル系のレーベルで、どちらも非ジャズレーベルです。音響派・ポストロック・エレクトロニカの遺伝子の中にはジャズからの影響が色濃く存在していることを証明しているようにも思えます。
- アーティスト: Trapist
- 出版社/メーカー: THRILL JOCKEY
- 発売日: 2004/02/17
- メディア: CD
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坂本真綾『LIVE TOUR 2013 "Roots of SSW"』
全曲作詞・作曲及びセルフプロデュースにて制作された坂本真綾のアルバム『シンガーソングライター』。そのアルバムに伴うツアーの内容が収録されたライブアルバム『LIVE TOUR 2013 "Roots of SSW"』が配信限定でリリースされました。
ここでは以前の彼女が背負っていたシリアスなドラマ性や重厚なアーティスト性は一旦脱ぎ去られ、「アーティスト坂本真綾」像と「ひとりの女性としての坂本真綾」像が自然な形で重なり合わされています。
最新作から採用された#5"ニコラ"、#6"Ask."では、過剰なドラマ性を抑えた穏やかなストリングスとゆっくりと立ち上がるヴォーカルが印象的で、彼女の生活の中における音楽の存在感が伝わってきます。輪郭がくっきりと浮かび上がるような地に足の着いたアレンジで、ストイックである一方で、声と楽器の響きの美しさがシンプルに伝わってきます。
切実さを持っていた過去の楽曲たちも解釈し直され、新たな軽やかさを得ています。特に#4"私は丘の上から花瓶を投げる"や、#10"cloud 9"などは、彼女自身の声の響きの変化とともに、低音部をアタック感を弱めて歌うように変化していて、今までにない開放感とカタルシスをもたらしています。
今回のツアーにはギターとして今堀恒雄が参加していて(約10年ぶりとのこと)、彼らしいリズムの切れ味抜群のプレイと、Unbeltipo Trioでも活動を共にするドラム佐野康夫との息のあったコンビネーションも聴くことができます。特に#14"スクラップ~別れの歌"では全編に渡って弾きまくる・叩きまくる!ここでは原曲にあった切実さは消え去り、坂本真綾のどこまでも突き抜ける力強いヴォーカルによって、全てを祝福するようなハイな幸福感がはじける空間を作り上げています。
しかしこのライブを見た身からすると、実際にツアーで演奏されていた"everywhere"が収録されていないのは残念です。間違いなくライブでのキーになっていた曲なだけに。それを差し引いても音のみだからこそ、彼女のライブアーティストとしての成熟ぶりが伝わるアルバムでした。
Shy Girls 『Timeshare』
- Shy Girls 『Timeshare』(Hit City U.S.A.)
アメリカはオレゴン州ポートランド在住のシンガーソングライター、Dan VidmarによるソロユニットShy Girls。inc.といい、このShy Girlsといい、抑制されたアンビエントソウル~R&Bに本当に弱いです…。既にFADERでも「Miguelとinc.の中間点」と評されていて、彼らやRhyeと近い流れにありながらも官能的かつストイック。ニュークラシックソウルからの影響を大きく感じる人物です。
Shy Girlsの6曲入であるこのEP『TImeshare』は、Miguelの直情的なヴォーカル、inc.の枯れたサウンドと比較すると、より開放的な指向を持っているように感じられます。#4"Secound Heartbeat"にある爽快なキャッチーさから分かるのは、ポピュラリティにも目が向けられていること。自分としてはD'AngeloよりもPrinceに近いものを感じました。といってもセクシーさ全開というわけでなく、Shy Girlsという名前もそうですが、恥ずかしがり屋の女の子がベッドの上では大胆になるのに興奮するというか、全開のエロさよりもチラ見えのエロさの方がよりセクシーに感じるというか。息継ぎやヴィブラートの終わりなどの要所でエロさが顔を出してきて、連鎖的にギターのカッティングやキーボードのコードバッキングすらもエロく感じてくるから不思議です。
そして揺らめくようなヴォーカルやシンセの処理にはChillwave~Vaporwave的なアーバンな雰囲気も少し匂わせていて、新世代らしさもしっかりアピールしています。
2013年良かった録音物
- inc.『No World』 (4AD)
自分の思うR&Bやファンクやソウルでこういう音があったら最高っていうのを実現してくれたユニットです。大きく開いたクレバスから霧のようにこぼれる色気が最高に心地いいです。
- SICK OF RECORDER『蝙蝠対仔猫 / 遺書の食べカス』(stiffslack)
USインディーロックを聴くようになったきっかけの一つでもあるバンド、名古屋のシックオブレコーダーが8年ぶりに復活し、7inchシングルまでリリース。少年のようなピュアな歌声、浮遊感ある揺らめくギター、バシバシツボを突きまくる力強いドラム、全て完璧で最高です。フィッシュマンズ好きな人も、MODEST MOUSE好きな人もOGRE YOU ASSHOLE好きな人もみんな聴きましょう。
- David Grubbs『The Plain Where The Palace Stood』(Drag City)
ex.Squirrel Bait、Bastro、Gastr del solの、敬愛してやまないDavid Grubbsのアルバム。朴訥とした歌唱、流れるようなギター、アブストラクトなノイズ、ドローンエレクトロニクス、そしてディストーションギター。過去のキャリアを統括したような内容で、侘び寂びの効いた音世界が頭の中で無限に広がっていきます。
- Rhye『Woman』(Polydor)
ヴォーカルの掠れた声の感じは、Sade好きな人は好きなんじゃないでしょうか。軽い感じというか情念を込めすぎてないのが、楽に聴けて好きです。ちょっとディスコっぽい曲もあってそれも良いです。
- Seiho『ABSTRAKTSEX』(Day Tripper Records)
Day Tripper Recordsの首領で、Sugar's Campaignも良かったSeihoのアルバム。ポストダブステップやR&Bの影響が大きく、耽美的な陶酔感が残ります。
- SUN CHILDREN SUN // THE ACT WE ACT - split (WESUCK)
今年はジアクトのライブも全部良かったし、「Revolution in the summer」のMVも良かったし、このソノシートもアーント・サリーの「全て売り物」のカバーが入ってるしで、かなり良かったです。
- Rustie『Triadzz / Slasherr』(Numbers)
「Slasherr」はどの流れで聴いても、テンションがブチ上がる曲。
- 藤井洋平『Banana Games』(My Best Records)
こんなに凄い人だったなんて…。アルバム聴いてぶっ飛びました。聴くほど癖になる、ネッチョリヴォーカルと艶やかなグルーヴ。「ママのおっぱいちゅーちゅーすって、パパのスネをかじっていたい」最高です。ミックスIllicit tsuboi!マスタリング中村宗一郎!
- PAISLEY PARKS『Бh○§†』(Pan Pasific Playa)
JUKE作ってる人ではPAISLEY PARKSとSatanicpornocultshopが変人度高い上に異常なテンションの高さでハマりました。
- Various Artists『160OR80』(THAILAND BOOK STORE)
CariosとDKXOとPICNIC WOMENの曲、ベタですけど好きなんです。
- daoko『Hyper Girl - 向こう側の女の子』(LOW HIGH WHO?)
とにかく声がかわいくて…。思春期らしい暗いリリックと感情的なフロウは志人の影響も感じます。
- spazzkid『Desire 願う』
キュートでドリーミー。CD欲しくなって、本人にお願いして送ってもらいました。
- Caetano Veloso『Abracaco』(Universal)
- アーティスト: Caetano Veloso
- 出版社/メーカー: Universal Portugal
- 発売日: 2013/02/05
- メディア: CD
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この人のキャリアの中で最高傑作ってわけじゃないですが、この程度のレベルなら軽々出せるっていうのも驚きです。
- MILK『SMALL SONGS』
今年はカセットけっこう買いました。MILKは人気出ましたね。
- SAINT PEPSI 『Hit Vibes』(KEATS//COLLECTIVE)
SAINT PEPSIって音のヌケは良くないかもしれないですけど、気持よさって言う点で、すごい音が良いと思うんですよね。
- Annabel『スモルワールドロップ』(Lantis)
RDGオープニングテーマ。2013年で一番好きなオープニング曲でした。作編曲のmyuの才覚迸る曲。美しい響きが染みわたります。